
アートや音楽を志す若者たちが共同で生活するシェアハウス「渋家(しぶはうす)」。これまで数々の著名なクリエイターや写真家を輩出したことでも知られている。
だが、その実態はお洒落なシェアハウスとは程遠い。男女雑魚寝という生活に加え、カオスなパーティを繰り広げることから、「最狂シェアハウス」「人工スラム」と呼ばれることも……。先日、筆者が遊びに行ったときも、酔った住人がフルチンで暴れまわっていたので目を疑った。

そんな渋家だが、今年4月には渋谷駅近くの高級住宅街・南平台から同じ渋谷区内の別の物件へと引っ越した。新しい場所で始まった渋家はどこへ向かうのか。
◆ホームレスから渋家の住人に
渋家がアーティストの齋藤恵汰さんによって創設されたのは、2008年のこと。当社は池尻大橋にある物件を借りていたが、2011年に南平台にある3階建ての物件に引っ越してきた。

地下には「クヌギ」と呼ばれるパーティスペースと浴室があり、2階のリビングはメンバーのたまり場となっていた。布団が床一面に敷いてある3階の寝室では、メンバーたちが男女一緒になって雑魚寝していた。
住み始めてからもう5年になるというKENTさん(20代前半)は、現在映像制作やMVのアートディレクションを手掛ける。自身が入居したのは、10代の頃から好きだったレコード・レーベルのオーナーが住人だったことがきっかけだ。
「高校を卒業する前に進路に悩んでいたんです。僕はずっとMaltine Recordsというレーベルが好きだったのですが、そのオーナーであるtomadさんが渋家に住んでいたんです。Tomadさんに会いに来て、それがきっかけで僕も住み始めました。今では一緒に仕事をさせてもらっています」
渋家に住み始めるきっかけは様々だ。今年2月に入居したばかりの上梨さん(20代前半)は、ホームレスだった頃に渋家と出会ったという。
「去年、彼女と高円寺で同棲していたんですが、実家に帰省している間に彼女が浮気して、同棲していた家から追い出されたんです。それで2019年の10~12月は“ホームレス”状態で、友人の家を転々としていました。そんななか、マッチングアプリで住人の一人とマッチして、渋家について教えてもらいました」
現在は、運営メンバーとして活動しながら、作家を目指して創作に取り組んでいるという。
◆“ヤバい奴”同士で許し合う文化
上梨さんのように“ホームレス状態”から渋家にたどり着く人も少なくない。カイザーさん(20代後半)もそうしたうちの一人だ。
「元々は、大阪で土方仕事をしていました。独り立ちを果たして、借金も返し終わって、やっと落ち着いて生活できると思っていた矢先に、元妻の浮気が発覚したんです。離婚して、仕事も上手くいかなくなってダメだと思って、飛んで、ホームレスになって渋谷に来ました。
まだ4月でとても寒かったので、泊まれるところを探していたら、たまたま渋家のメンバーに出会ったんです」

渋家が、家を失った人たちの“受け皿”のようになっている現状を指して「渋家がないと死んでしまう人がいる」と話すのはKENTさんだ。
「昔、16歳の女の子を渋谷駅で拾ったことがあります。その子は、家庭環境が悪くて、北海道から家出して上京したのですが、たまたまメンバーに会って渋家に住み始めんです。『この家がなかったら死んでいた』『この家に助けられた』と話していました」
これらのエピソードからも分るように、家庭環境が悪いなど、何らか問題を抱えているメンバーを受け入れる土壌が渋家にはある。
「家庭環境が悪いとスレてしまいますよね。お金もなければ、大学にも行けない。でも、野望は持っている。渋家のメンバーは、“ヤバい奴”ばっかりで、大抵は普通に働けません。家賃を滞納することもあります。でも、それをお互いに許し合ったり、話し合ったりすることで補っているんです。誰かが追い出されることなんてありません。見捨てることはしないんです」(KENTさん)
「大抵は普通に働けない」という言葉にあるように、筆者が取材を行った住人4人のうち2人はフリーターだと話していた。他にも、2ニートだという女性のメンバーや、コロナ禍で仕事がなくなりホストになったという男性メンバーもいる。
◆なぜクリエイターが育つのか?
渋家は数々の著名なアーティストやクリエイターを輩出したことでも知られる。これまで写真家の小林健太さん、メディア・アーティストのゴッドスコーピオンさん、現代美術家の中島晴矢さんらが渋家から飛び立っていった。
かつて住人だったちゃんもも◎さんは、テラスハウスに出演したことで一躍有名に。現在は、アイドルグループ「バンドじゃないもん!」のメンバーとして活動する。

なぜ渋家からは、数々のクリエイターが生まれるのか。それは単に“ワナビー”たちが数多く集まっているからではない。例えば、小林賢太さんの場合はこうだ。
「小林さんは、住人だった石田祐規さんと出会って写真を始めたんですよ。石田さんが、小林さんたちと一緒に写真の展示をしたことがきっかけになったんです。

ただ渋家には、『教える』というカルチャーはありません。写真でも音楽でも、分からないことを聞かれたら答えるけれど、あくまでも一緒にやっているだけで、教えているわけじゃない。結局、そいつがやりたければやるし、中途半端な気持ちならやらない。でもやろうとしたときに切磋琢磨できる人がいる。それが渋家です」(KENTさん)
クリエイターとしての活動がしやすいのは、単に家賃が安いからという面もあるだろう。運営費という名目の家賃は月に4万円。ここに光熱費と電気代が含まれ、Wi-Fiも使えるうえ、お米も食べ放題。定職に就かなくても、最低限の生活費を稼ぎながら、活動に取り組むことが可能だ。
◆渋谷区内の5軒目の物件に引っ越し
渋家|SHIBUHOUSE@shibuhouse
渋家5thハウス引っ越しできました!!!!! https://t.co/X0yXjPZ4aU
2020/04/22 20:10:29

引っ越し騒動が浮上したのは今年3月。物件の契約を更新することができず、急遽引っ越し先を探さなければならなくなったのだ。当初はクラウドファンディングによる資金集めと物件探しのいずれも難航し、存亡の危機に立たされた。一度は、メンバーが共同で生活することを諦めかけたこともあったという。
「今の物件を引き払わないといけなくなり、あわや『渋家』がなくなるのではないかという不安を抱きました。『渋家』という面白い空間だけは維持していきたいんです。
たとえ同じ家に住んでいなくても、僕たちが『渋家』であることに変わりはありません。でもやっぱり入れ物が必要なんですよね」(KENTさん)
しかし、渋谷区内にあるとある物件との契約に成功し、4月中に無事引っ越しをすませた。「渋家」にとっては5件目の家となる。

代表のayano_chanさん(20代前半)は、今後の渋家について「売れたら『卒業』して出ていくのがいい」と語る。
「決して家族にはなれない人々が、衣食住を共にし、作品を作り、また作品をお互いに批評したり、どうでもいいことで喧嘩をしたりして家族以上のコミュニケーションを毎日のように取っている。それって結構苦しいことなんです。でも、なぜか一緒にいるし、『渋家』を守りたくて必死でした。
何者かになろうともがく日々を渋家で過ごすことが正解なのかどうか分からないけれど、面白ければ大丈夫だし、この大きな箱を腐らせないように、メンバーが『やりきったぜ』と言えるように卒業させたいし、新しいメンバーをどんどん入れていきたいです」<取材・文/徳山初美>

(出典 news.nicovideo.jp)
ちゃんもも◎(本名:竹内 桃子(たけうち ももこ)、1991年6月14日 - )は、日本の女性ファッションモデル、タレント、アイドルである。神奈川県出身。 YMNに所属して芸能活動を行っている。作家を目指すため、家出して渋家に居住し始めた後にガンで立て続けに両親を亡くし、帰る実家を失った。渋家への 5キロバイト (550 語) - 2019年10月24日 (木) 15:47 |
渋家(シブハウス)は、2008年4月に東京都内で始動したカルチュラル・ネットワークである。また、渋谷区・南平台町にある同メンバーが運営を行なうシェアハウスも指す。そこに住む人々をメンバー、渋家外の人々をゲストと言い分けている。渋家にはメンバーの中から一人が代表と言う役割を持っている。 13キロバイト (1,558 語) - 2020年5月27日 (水) 07:45 |
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コメント
確かに楽しいだろうよ。
だけどさ、この先歳を取ってからはどうするのさ。
会社も起業したみたいだから、そういう道もあるのかなとは思うけど、全員が全員、起業とか会社経営とか、起業した会社で働くとか難しそうだし。
まあ自分のことではないから別にいいけど。
俺みたいにつまらない真面目一辺倒な人生送るよりも、人生の一時、こうして自堕落な逸脱の日々を送った方が得かもね。
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